28.呪いの器④

水晶にヒビが入る大きな音が合図だったかのように、先ほどまで気配の無かった扉の外からノックの音が響く

「バアさん、入るぞ」

気の抜けた若い男の声だった

全身黒尽くめの男が返事を待たずに顔を出すと、来てるな、と満足そうに呟いた


「持ってこれたのかい」

魔女はあっけに取られる少年たちに目もくれず、男の手からぶら下がる1本の瓶を見ながら話を進める

男も気に留めずにああ、と返事をして少年に瓶を押し付けた


少年が目を白黒させながら魔女と男を交互に見ると、魔女はやっとこちらを見て、言った

「これが私にできる最大限の力添えさ」

「バカ言え、用意したのは俺だろ」

男がため息混じりに発した言葉は母親の絶叫にかき消される

「ミントエーテルなんて…この子はまだ5歳ですッ!身体的にも未熟で正義の心も芽生えてなんかいない状態で…」

「ミントエーテルはミントの儀で正義の心に反応して人をヒーローに変えるための秘薬と言われてるが、初代ヒーローとXヒーローズのジェネラティばれかたが違うのは知ってるかい?」

先ほどまでのシワがれた声とは違う、よく通る声でその絶叫もまた遮られる


Xヒーローズが誕生した年のミントの儀からミントエーテルという秘薬が使用されている

エンジャーニャの死去により失われていたミントの儀を、現在の神殿上層部が王国と協力して再現したというが、ジェネラティばれたヒーローたちは言い伝えられている初代の姿とは少し違っていた

それどころかヒーローとは形容し難い異形の者もいたという


「ミントエーテルは強い意思にこそ反応する。正義でも悪でも、想う力が強ければ力が顕現するのさ。初代の頃は知らんがね」

母親を見据えて魔女が言葉を続ける

「この子は今、呪いに負けぬように戦っている。生きたいという強い意志がある」

少年が抱えた瓶をそっと受け取り、封を開ける

「黙って待っていても死ぬか、獣に呑まれるだろう。そうしたら真っ先に殺されるのはこの場にいる全員だよ」

薄ぼんやりと光を放つ瓶が魔女から母親に手渡される

畳みかける魔女の声に合わせるように、少女の呻きが強くなる

決断しなければならない。時間はもう残り少ないようだ

隣で黙りこくっていた父親が、母親の肩を抱いた

「やろう。この子が生きられるなら、どんな手でも試すべきだ」


両親によってエーテルを流し込まれた少女は体を2度ほど跳ねさせたあと、光り始めた

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

野獣のような咆哮は部屋を震わせる

男が腰の剣に手を掛けるのが見えた

「やめてっ!!」

少年が男の腕にしがみついたと同時

少女の体から発する光が急激に強くなり、そして止んだ


全員が呆然としていると、母親が少女に駆け寄った

肩を震わせながらこちらを向いたその顔には安堵の表情が見てとれる


どうやら呪いは収まり、服の上から確認できる限り体表から硬い体毛はほぼ無くなったようだ

「消えた…のか…?」

父親が脱力したかのようにへたり込む

「わからん。しかし油断はできないね。この先もずっと何もないなんて保証はないよ」

だらしのない父親に冷たい目線を投げながら魔女は言った

「この子はもうこの国にはいられない」

少年が目を丸くして魔女を見やるが、両親も男も、理由はわかっているようだった


「神殿から取ってきたエーテルだ。見つかったら首が飛ぶどころじゃない」

いつの間にか壁にもたれていた男が説明するが、少年以外には予想がついていたらしい

「タイミングがよかったな。この子は俺が預かるさ。明日、西へ発つ予定だった」


少年には理解できないことだらけだった

少女の両親はさっき会ったばかりの怪しい男に少女を託すという

あんなに優しくて少女を溺愛していた彼女の両親が、こんなにも簡単に離れる選択をすることが不思議でならなかった

薄情にさえ思えた

少年は彼女の両親を睨みながら泣いていた


魔女は事情を知り得ない少年の頭をぽんと撫で、声をかけた

「あいつらはあいつらでこの国に残らにゃならん理由がある。あんたにはどうすることもできないことさね」

冷たい言い草に少年は歯軋りする

「あー…っと、その…なんだ…まあいきなり出てきて信用ならねえとは思うんだけどよ…この子は護るよ。約束する」

男は頭をぼりぼりと掻きながら言った

「ドラゴマン。俺の名だ。」



翌朝、日の出に背を向けるようにしてドラゴマンの一行は国を発った

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