19.獣の森

王国の西側、オラン山脈の南に連なる『獣の森』

そこには今も王国で語り継がれる童話がある

初代ヒーローたちの時代のさらに前

オラン山脈には一匹の強大な獣が住んでいた


その姿は鱗に覆われた龍のようだと言う者もいれば、巨大な鹿のようだと言う者、冷酷なほどに白い虎のようだと言う者もいる

つまり、はっきりと姿を目撃した者はいないのだろう


獣は山から降りてきては近隣の町や村を襲い、人々を食い、生贄に若い娘を要求する

そんな傍若無人に振る舞う獣に、麓の住民達はいつも怯えていた


年に一度ほどの頻度で若い娘を生贄にとられ、住民の数が減っていき、年寄りがほとんどになってしまった寂れた村がある

この村の最後の若い娘が、今年生贄にとられてしまう

生贄に出せる娘がいなくなったこの村は、来年からどうなるのか…

もはや住民達は娘の心配そっちのけで自分たちのことしか考える余裕がなくなっていた


住民達が翌年の自分たちの身を案じて泣き暮らしているのに対して、娘の両親だけは娘の身を案じて泣いていた

娘は気丈にも腹を決めたようで、生贄になるまでの期間、両親を慰める日々を過ごしていた


そんな物悲しい雰囲気に包まれたこの村を2人の若者が通りかかった

一人は筋骨逞しく、大きな太刀を背負っている男

もう一人は神職のような出立ちで、神秘的な雰囲気を纏う細身の女


両親と娘が悲嘆に暮れて河原で泣いていると、そこを通りかかったふたりが尋ねた

「どうしてそんなに泣いているのか」と

両親と娘は答える

「山に恐ろしい獣が棲んでおり、破壊の限りを尽くします

近くの村がいくつも獣に滅ぼされました

この村は生贄を毎年捧げることで獣が暴れるのを避けてきましたが、もうこの子しか村には残っておりませぬ

この子ではなく来年からの自分たちのことしか顧みないこの村の者たちのことなどどうなっても構わないのですが、私たちの娘が生贄に出されてしまうのが悲しゅうて泣いておるのです」


男は、獣の話が出た途端に表情を歪める

「見つけたぞ」


女が頷くと、両親と娘から獣についての話を知っている限りすべて聞き出した


男が鼻息荒く村を救うと宣言すると両親と娘は泣いて喜んだ

しかし村の人々は必死に反対した

獣の逆鱗に触れて村の寿命を縮めたらどうするのか?と

村人達はたった1年でも、村最後の娘を生贄に出してでも生きながらえたいということのようだ


女が軽蔑するような目で村人達の懇願を眺める

最終的に村人達の賛同を集めることは叶わなかった


一度は希望を得て元気を取り戻した両親は、村人達の様子を見て床に伏せってしまった

娘は絶望に叩き落とされながらも気丈に両親の看病をしていた

残された時間はわずかだった


ふたりは初めから住民の了承を得ずとも獣を討伐するつもりであった

なにやら因縁のある様子は、近くで見ていた娘にもわかった

ある日の早朝、いよいよ獣の討伐に出発するふたりの背中を、娘は祈るような気持ち見送った


ここまでで本来の昔話は終わっており、現代に繋がる続きの話はさまざまである

有力な説のひとつにはこうある

男は後のコントラクト王国建国の父、勇者コントラの先祖であり

女は大神樹ミントの巫女であり、稀代の神通力があると言われるエンジャーニャの先祖である、と



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