青年は森の奥にあるという妖気のこもるその石材にすっかり魅入られてしまい、あちらこちらで情報を集めた
しかし当然獣の森に入って生きて帰った者はおらず、嘘とも真実ともとれないような眉唾の逸話が複数集まるだけだった
酒場で落胆していると、近くに座る商人の一団が森に入るという話をしている
すぐさま飛びつき詳しく話を聞くと、やはりこの商人達も森の奥にある獣の死骸からとれる宝を求めて森に入るという
事情を説明して同行を頼み込む青年が有名な石工の家系だと知ると、商売の匂いに敏感な商人はすぐさま青年の同行を歓迎した
明日の朝出発するということで、青年は飛び跳ねながら家路につく
森の入り口は想像以上に不気味な雰囲気が漂っていた
他の場所ではみられないような植物が鬱蒼と繁り、聞き慣れない鳥か何かの鳴き声も響いている
青年は、森に入るという選択を一瞬後悔したが、未だ見ぬ極上の石材とそれを使った至高の仕事のことを考えて心を奮い立たせ、商人たちに一歩遅れて歩き出した
商人たちの話では2日目には森の奥に到着することになるということで、3日分ほどの野宿の準備をしてきていた
荷物は重く、足場も悪い中であったが、入り口での後悔などなかったかのように青年の足取りは軽かった
丸一日は歩き詰めだと覚悟して進んでいた一行の前に、不自然に広い空間が現れた
商人たちが互いに顔を見合わせ不思議そうにしているのを見ると、彼らもここの存在は知らなかったということだろう、すぐにこれ幸いと小休止をとることになった
荷物を下ろして青年が腰掛けると、同じく同行していた筋骨逞しい男が数人、ノコギリを取り出しておもむろに木を切り始めた
なんでも彼らは木材屋で、青年と同じく森の中の素材に興味を持って同行を申し出てきたのだという
なるほど節操ないと呆れかけていたが、その実自分も何も変わらないと一人苦笑した
商人たちと世間話をしながら木材屋たちが何本かの珍しい木を切っているのを眺めていると、急に熱い風が吹いてきた
森の中はほとんど陽の光が届かず、逆に肌寒いくらいだったにも関わらず、近所が火事にでもなったような突然の熱風に、青年も、木材屋たちもぎょっとして顔を見合わせた
ぺちゃくちゃと世間話をしていた商人たちも、ただならぬ空気の変化にあたりを警戒している
青年は入り口での後悔がまた押し寄せてきたのを感じていた
植物も変異しているのであれば、動物たちも凶暴になっている可能性がある
魔物に変化している可能性だってある
冷や汗が次々と体を伝っていくの感じながら、青年はあたりを見回していた
誰かが唾を飲み込む音が響く
足音か?
木材屋のひとりが呟くと護衛の戦士が剣を抜いた
木材屋たちもノコギリを剣のように構え辺りを忙しなく見回している
そして青年にも足音が聞こえてきた
重い足音だ
相当な巨人か、岩が二本足で歩いているような、そんな音
いつからか水分が蒸発するようなジュッという音も一緒に聞こえるようになっていた
岩のように重くて、熱した鉄鍋のように熱い者
そんな森の住人に心当たりはない
冷や汗だと思っていたが、あたりは相当温度が上がっていた
まるで溶岩がすぐそばまで迫っているような…
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