足元を焦がしながら現れたのは、怯えて腰を抜かす石工の青年にどこか似た面影を残す人型の岩のような異形の姿だった
寝息のような静かな呼吸音が一定のリズムを刻み、こちらを見た…ような気がした
その岩人形はゆっくりとあたりを見回すと、切り倒された木々の方に向き直り、くぐもった悲鳴のような雄叫びをあげて材木屋の方へゆっくりと歩みを進める
急に発された不愉快な音に我に帰った護衛の戦士が走り寄りざまに剣を振り抜くが、鈍い金属音と同時に飛び散ったのは岩の破片ではなく液体化した金属だった
先ほどまでそこにあったはずの剣の鋒を見つめる戦士
驚愕で隙だらけになったその頭部を、岩人形の腕が無造作に振り抜かれる
戦士の首から下は、まだ頭があるかのように2歩ほど後ずさったあと、崩れ落ちた
戦士の体が倒れる音で我に帰った石工の青年が、めちゃくちゃな動きで斬りかかろうとする材木屋に叫ぶが、もはや聞こえないようだ
材木屋の体はノコギリを振り上げたまま急に発火し、岩人形に辿り着く前に燃え尽きる
もう一人の材木屋は腰を抜かしているのか立ち上がることさえできぬまま、同じく炎に包まれて消えてしまった
商人はいつのまにか青年の後ろでガタガタと震えている
終わった
青年がここに足を踏み入れたことを後悔し、城の修繕に取りかかれない無念に顔をしかめていると、こちらに向き直って歩き出した岩人形の足が止まった
ああ、できることならあの戦士のように一瞬で頭を消し飛ばしてほしかった…
自然と湧いた無理なわがままに自嘲していると、動きを止めたままの岩人形が低くうなり始めた
それは動物の威嚇ではなく、人間が苦しんでいる時のような声
もはやいかに一瞬で死ねるかという考えに支配されつつあった青年はやっと我に帰り、岩人形をよく見ることができた
なにかが変だ
そう呟くと、背後で震えていた商人が背中に掴みかかり、叫んだ
「なんであいつの顔はあなたにそっくりなんだ!」
その言葉を聞いて青年はやっと理解した
これはあの日記を書いた、先祖本人である
青年が岩人形を正面から見つめると、奴の石化した顔の目の部分が濡れていることに気づいた
意識が残っているのか…?
それなら希望が持てる
青年は日記で知った自分の先祖の名前を呼びかける
なんとか見逃してもらえるかもしれない…そう希望が湧いた瞬間、今度ははっきりとした叫び声とともに顔の岩が剥がれ落ち、自分とそっくりな顔が現れた
人間とは思えないほど真っ赤に染まった目をこちらに向け、岩人形は、驚くことに言葉を発した
「オマ…オマエハ…○△…ゲロ…二…ゲ」
先ほどまでの無機質な動きに反して、必死に訴えかけるように
逃げろ、という言葉を認識した瞬間、背後にいた商人は荷物も拾わずに来た道を走って逃げてしまった
青年はなぜか逃げようと思わなかった
石のことが聞けるかもしれない…希望が湧いた瞬間、青年は欲望に再び支配されてしまったのだ
「なあ!あなたも獣の石が欲しくてこの森に入ったんだろう?あったのか?今はどこにある!?」
先ほどまでの恐怖を忘れ、口から飛沫を飛ばしながら尋ねる青年
岩人形は変わらず苦しそうにうめきながら青年を見て、自分の眼を指差す
真っ赤な眼球だと思っていたのは、宝石のように赤く妖しく光る石だったのだ
え…
青年が驚きで後ずさると、地面に剥き出していた樽ほどの大きさの岩の塊に引っかかって尻餅をつく
何の変哲もない岩がそこにあった
青年が岩を呆然と眺めていると、急に雑念を振り払うかのように頭を振りながら、岩人形が再度雄叫びをあげる
眼だと思っていた赤い石が濁っている
それを認識した瞬間、青年はすべてを諦めた
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