西へ

木漏れ日が差し、風がざわざわと木々を揺らす

見知った森であればのどかなものなのだろうが、曰くの森となれば話は別だ

全ての景色が、全ての音が不気味に感じる


そして護衛隊が先導し広場の中程まで進むと、突然地面が盛り上がり巨大な獣が姿を現した

しかし体のところどころが腐って骨が見えている場所もある

巨大な獣の死体が雄叫びをあげる

しかしその右眼だけは爛々と赤く、まるで宝石のように輝いていたという


護衛隊は必死に抵抗したがまるで歯が立たない

もはや戦闘とは言えないほど一方的なものだった

当然戦線を維持できなくなった護衛隊は狂乱し逃げ惑う

守る者がいなくなった商人たちもまた、虫のように踏み潰され、引きちぎられた


石工はというと、恐怖よりも獣の眼に見入っていた

あの石は今まで見てきたどんな宝石とも違う

命を捨ててでも手に入れなくてはならない

そう強迫的に、そして衝動的に獣に一歩一歩と近づいていく

どういうわけか、獣は石工を狙うことなく他の獲物を次々と引きちぎっていった

散らばる肉片、臓物、こだまする絶叫すら石工の視線を逸らすことはできない

そして石工だけが生き残り、獣は腐臭のする息を吐きながら顔を近づけ耳元で囁く

「汝、我が眼を欲するか」

その地獄の底から響くような魅力的な甘い声に委ねるように、意識は深く落ちていった


つい数分前の感覚だという

それから獣がどうなったかもわからないし、まさか自分の数世代あとの子孫が活躍する時代に目を覚ますことになっているとは、すぐには信じられないと言った


「あんたは紛れもないイレギュラーだよ。あそこの娘と同じく、居場所のない者。かく言う俺も同じだ。受け入れてくれる場所がある。俺たちはそこを目指してる。あんたも来るか?」

ドラゴマンは未だ半信半疑らしい石工に手を差し伸べた

数世代前の先祖がいきなり目の前に現れたら王国を巻き込んだ大騒動になる

そう言われ諦めたのか、力なく頷く石工

当然岩人形状態の記憶は残っていないだろう

それは自ら子孫を葬ったという事実を知らないということだ

知る必要はない


「それで、俺たちはどこへ向かうんだ?」

おずおずと立ち上がり尋ねる石工を目だけで見ながら、ドラゴマンは答える

「西へ」

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