西の森の魔女

「獣が喋ったっていうのか?そんなまさか…」

剣士は即座に否定する

たしかに普通に考えれば魔獣が人語を話すことはないだろう

しかし、ランジュやスミスのように特異な事情があったら、もしかすると…

「さあ皆さま、ここが主人の館です。私は主人に事情をお話ししてきますので、少しの間こちらでお休みください」

人当たりのいい笑顔を崩さず、男は館の中に入っていった


外から眺めた時は大きいがかなり古びた建物に見えた

言葉を選ばなければ廃墟のようだったのに、扉を開けて中に入ってみると外見とはまったく違っている


「ずいぶん立派な館だな…」

ドラゴマンが外と中の違いに呆気にとられていると、魔法使いがドラゴマンの脇を小突いた

「少しばかり魔力を感じる…占い師の婆さんが言っていたのってもしかして…」


魔法使いのその言葉に、王国を出る時に占い師の婆さんからもらった忠告を思い出していた

『西には強大な力を持つ魔女がいる。たしか山の麓の森に住んでるはずだ。山も十分危険だが、森を出るまでは絶対に気を抜いてはいけないよ。いいかい?』


ランジュの件でそれどころではなかったので話半分で急いで出発してきてしまったのが悔やまれる

それにしてもランジュの両親は無事だろうか

そう思ってスミスの方を見ると、彼は何だか落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見回していた

「どうした?」


「ドラゴマンこそ…何してるの…?」

アムの不安げな声にハッとして手を止めた

すでに2本の剣を抜いたあとだった

もう少しアムの声かけが遅ければ、誰かに斬りつけていたかもしれない…


「ほお〜?お嬢ちゃん、ここの魔力が効いてないのかい?」

冷や汗を拭い剣を収めようとしたその時、艶っぽい女の声が上から聞こえてきた

全く気づかなかったがすぐ上は吹き抜けになっており、天井の代わりに取り付けられた窓から薄暗い夕日の光が差し込んできていた

「誰だ!?」

剣を収めたばかりのドラゴマンは再度それらを引き抜く

「誰だじゃないよまったく。ここが誰の家だと思ってるんだい」

ゆっくりと、わざとそうしているかのように緩慢な動きで女が降りてくる

宙に浮いていたようだ


「フーッ…!!!」

ランジュが髪を立てて威嚇する

「おやまあかわいい猫ちゃん、ずいぶん疲れているようだね、眠っていなさいな」

そう言って相変わらずゆったりとした動きでランジュの方に手のひらを向けると、ランジュはバタッと音を立てて倒れてしまった


「ランジュ!」

ドラゴマンがランジュの元へ駆け寄ろうとした瞬間、本能の警告で出しかけた足が止まった

そのまま進んでいたら自分がいたであろう場所を、剣閃が猛スピードで通り過ぎた

「何してやがる…」

剣士が虚な目で振り抜いた剣をゆったりと構え直す

「あらあらもう…あたしゃまだなーんにもしてないってのに。この【マヨヒガ】の魔力に当てられちゃったんだねえ」

女はつまらなそうに笑う

「マヨヒガ?」

アムが聞き返す

剣士は全身の力を抜いたまま構えているが、隙はなさそうだ

「当館の名称でございます」

先ほどの男も姿を現した


おかしくなってしまった剣士を入れて3人

スミスは落ち着かなさそうだがまだ意識はあるようだ

魔法使いは魔力の干渉を受けて立っているのがやっとというところか


「そうさ。この館は生きている。たまにこうして迷い人を食わしてやらないとダメなんだよ」

女はわざとらしく、面倒くさそうにため息を吐く

「オッドが久しぶりに旅人を連れてきたと思ったら山越えしてきたらしいじゃない?マヨヒガの餌にすれば私の魔力も高まるって喜んだのに…まああの山を越えてこられるくらいなんだ、簡単には餌になってくれないってことかい…」


相変わらず面倒くさそうに話す女

オッドと呼ばれ会釈をした先ほどの男も只者ではないだろう

ジリジリと高まる緊張感に、神経が悲鳴をあげる


ドッ…と鈍い音がした

不覚にも目の前の男女にしか意識がいっていなかった

「2人目〜。魔法が使えるはずなのにブービーとは情けないこと…」

やれやれと額に左手をやり首を横に振る女に我慢ならなくなった


自分でも抑えきれず怒りに任せて斬りかかる

ズ……ッ

鈍い手応えだ

女に鋒が届く前にオッドが間に割って入り、交差した両手で受け止めたようだった

ドラゴマンの剣はオッドの両手を切り落とすことができずに止まっていた


「あーあ…こいつはもう使えないね…もういいよ、オッド。逝きな」

今までの演技じみた表情が一変し冷たい視線をオッドに向ける

困ったような笑顔で女の方を振り向いたオッドは、数秒かけて砂のように崩れてしまった


「な…」

それ以上言葉を絞り出せずに固まる

こんなにも簡単にしもべを殺すことができるのか…?


「ちょうどいい…その剣士はもう使い物にならないだろうから使用人としてもらってあげる」

そう言って剣士に手のひらを向けた瞬間、剣士はピッと背筋を伸ばした

「オッド。あの子のご飯は出したのかい?」

「はい、先ほどすでに。」

今までとは別人のような表情、口調に変わってしまった剣士

どことなく先ほど砂になったオッドと似ているようだ


しかし剣士が女の質問に答えたのは一体…

「おかあさん…?」

緊張を破ったのは、またしても幼い少女の声

その声が聞こえた瞬間、女の表情は青ざめた

「ちょっと待っててねー!」

2階に向かって先ほどまでとは全く違う、人間らしさを取り戻したような声で答えると

「あの子が起きてきたんじゃマヨヒガに餌はやれないね…今すぐここから出ていくなら見逃してやるよ。向かってくるなら面倒だけど、殺す。」

最後におぞましいほどの殺気を放ち、オッドを砂に変えた時と同じ目をこちらへ向けた



正面から見据えたその目は、冷たい氷そのもののようだった

PixelHeroes妄想ストーリー

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