ドラゴンの幼体は最上の商品だった
あの馬鹿どもが無駄に痛めつけてしまったようで、弱っていたがまあ…
それでも欲しがったわけだからあとは客の責任である
「それにしても王国騎士団の人間がドラゴンの幼体なんてどういう…調べてみましょうか…」
裏市場の人間にはある程度顔が利く。裏市場の有力者にとって彼は優良顧客でもあるのだ
少し調べただけである程度予想がついた
王家はヒーローズの力に頼りきっているため体裁は保てているが、政治に関してはガタガタだった
それでも表沙汰になるまで数十年は守り通せるだろうが、またあの時のような災害が起これば一気に瓦解するのが目に見えている
それを察した軍部がヒーローに次ぐ広告塔としてドラゴンを利用しようとしている…そんなところだろう
ということは…
「魔獣の需要が見込めますね…」
商人はほくそ笑む
(魔獣の仕入れにいかなくては)
大きな商機の匂いに身を震わせた
数日後、彼は単身で王国の西に広がる平原へと魔獣狩りに来ていた
街道から外れ、適度な強さの魔獣を探す
ただの商人と思われがちだが、彼自身単独で魔獣1体程度なら制圧できるほどの腕前を持つ
武器は常人にとっては長すぎる鞭。これで何度も死地を乗り越えてきたのだ
裏の世界で生き残るには知能と口の巧さ、そして腕っ節が必要なのである
平原用の捕獲罠をいくつか仕掛け、大きめの草むらに身を隠してあとはひたすら待つ
ここは比較的通常の野獣が凶暴化した程度の魔獣が多く生息している場所だ
この辺りであれば数体に囲まれた程度であれば何とかできるだろう…
そうして待っていると、野獣たちが俄にざわつき始めた
魔獣狩りには慣れているので、この辺りのやつらに気づかれるようなヘマはしていないはずだが…
一斉に奥の方へ逃げていく野獣たち
(街道の方から?)
そしてその原因は無遠慮な足音と金属の擦れる不快な音を響かせながらやってきた
「この辺りならちょうど良いという話を聞いてはきたものの、見渡す限りネズミの1匹もおらぬではないか」
どこかで見た顔だと思ったら、先日の騎士の護衛で来ていた兵士の1人だろう。あの騎士と違い品位に欠ける大男が唾を飛ばしながら言う
連れられた部下たちも無理矢理朝早くに叩き起こされたのか、不機嫌そうに周りを見渡している
面倒なことになった…それが最初の感想
出ていって苦情のひとつでもぶつけてやりたい衝動を抑え、どうすべきか考えていると、間抜けな兵士が草むらに隠した捕獲用罠にかかって叫び声をあげた
(最悪だ…)
あまりの馬鹿馬鹿しさに頭を抱える
これでは反逆罪ではないか…何とかここから脱して違う街に逃げなければ…
「誰だ!こんなところに罠を張るとは!我々の行動が筒抜けだったとでも言うのか!?」
なぜ最初から自分たちを狙ったものだと断定できるのか…頭の中で悪態を重ねながら機を伺う
野獣用の罠だと気付いてくれれば事故だと名乗り出やすくなるのだが…下品な騎士は頭から自分たちが狙われると思い込み警戒している
(仕方ありませんね…)
商人は胸元から1本の筒を取り出し、先日自分用に捕獲したマッドスネイクを野に放った
一兵卒程度にはそこそこの脅威となる
筒に魔力をもって押し込められていた蛇は本来の大きさに戻ると、久しぶりに取り戻した自由に興奮している
基本的に魔獣は薬品や罠を使い捕獲したあと、根気強く調教をする。このマッドスネイクはまだ捕獲したばかりだったので彼の指示には従わないだろうが、場を混乱させるにはよく暴れてくれるだろう
「うおっ」
「小隊長殿!マッドスネイクです!モビーが!」
がたいのいい大人10人ほどの体長のマッドスネイクは、まず罠にかかって動けなくなっていた兵士に食らいつく
やがてモビーと呼ばれた負傷兵を丸呑みにすると、次の獲物を物色する
「ジョニー!早まるな!」
「待てジョニー!」
兵達の混乱に乗じそっと抜け出そうとする
マッドスネイクはジョニーと呼ばれた兵士に押され気味らしい
(蛇などまた捕獲すればいい…今はここから…)
前を向いたその時だった
「貴様が罠を張り蛇を放ったのだな…?子龍すら扱う怪しい商人めが…」
あの下品な騎士が立ちはだかっていた
よりにもよってこんな奴に殺されるとは…私の最後はドラゴンの炎に焼かれて…ゴヅッ
そこで商人の意識は途切れた
「隊長殿は何を考えてこんな怪しい商人を取り立てようとしたのか…」
小隊長と呼ばれた男がマッドスネイクに向き直ると、ジョニーと呼ばれた兵を丸呑みにしたあと、他の兵士たちに槍で全身を貫かれたところだった
「ふん、訓練兵にしてはあの蛇とよく戦えていた。惜しくはあるが替わりなどいくらでもおろう…よし、魔獣は捕獲し損ねたが、このマッドスネイクを戦利品として持ち帰る!貴重な軍備である鎧や剣なども回収できるかもしれんしな!」
そして彼らは王国への帰路につく
すぐには立ち上がれないほど痛めつけ、王国から出ていくよう忠告して捨て置いた商人の目が爛々と光っていることに気づかずに
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