ジョニーは血の混じった唾を吐き捨て舌打ちをした
あの下品な小隊長の元に訓練兵として配属されてからというもの、生傷が絶えない
王国の軍は騎士爵、正規軍、候補軍、一般兵軍という段階があり、候補軍はヒーローとなるための専用の基準を満たした少年兵から構成されている
騎士爵は貴族や王家から授かった準貴族としての称号で、基本的には戦場へは出ない
戦場で動く指揮系統としては正規軍と一般兵で基本構成があり、一般兵は民間からの志願兵のことである
そして訓練兵も実戦訓練のために一般兵として小隊の指揮下に入り有事の際に動員されるのだ
しかし才のある訓練兵をよく思わない一般兵は多い。嫉妬に狂い”しごき”でストレスを発散する
明るく軽い性格のジョニーも、このしごきにはさすがに辟易していた
「あんのクソハゲ…見てみぬふりしやがって…家系がいいからって正規軍の端役で調子に乗ってられんのも今だけだぞちくしょうめ」
ふらふらと立ち上がり、訓練に戻る
「おいジョニー、またしごきか?」
憎たらしいほど爽やかな笑顔でルーセントが近づいてきた
第二次魔獣災害時の過去最強と呼ばれた訓練兵黄金時代、彼らに比肩すると言われている期待の新星。
なぜかそんな奴がジョニーを気に入りことあるごとに絡んでくるのだ
「ヒーローがいなければこの国は最初の魔獣災害でとっくに滅んでる。王室のことは知らないが、間違いなく政治に関しては腐ってるよ。俺はヒーローになって変えてやるんだ。全部な」
ルーセントがいつもの口癖で慰めてくるが、ジョニーは聞き飽きたとばかりに悪態を吐く
「無駄だよ、どうせあの第二王妃がいる限り何も変わらねえ」
先代の王の時代、第二次魔獣災害の直後に王室が迎え入れた第二王妃。奴とその配下があれこれと口を出すようになってからどこかがおかしくなり始めた、とその時代を知る大人達は口を揃える
もちろん外で聞かれてしまえば不敬罪で即刻断首となるので大きな声では言えないのだが
ルーセントはそれでもさ、と言いながらジョニーの肩をポンと叩き、自分の隊へと戻っていった
訓練場でこういった会話は危険なのだが、こうして愚痴っていないととてもではないが耐えることはできそうにない
ため息を一つ吐き、拒否する心を押さえ込んでジョニーも訓練へと戻ることにした
日が沈みかける頃、いつも通りの訓練を終え、宿舎に帰る。普段よりキツめだったしごきの疲れか早々に眠りと落ちていくが、まだ暗い内に叩き起こされることとなる
「おいジョニー起きろよ。いつまで寝てんだウスノロ!」
一般兵の中でも特にジョニーへの当たりが強いチャックの声だ
仕方なく目を開けると、ニヤニヤしたチャックが腕を組んでこちらを見ている。不快な寝覚だった
「小隊長殿が大隊長殿のために魔獣を狩りにいくってよ。集まりが悪いようだからお前も来い」
「昨日そんな話なかったじゃないスか…」
眠ったままの声帯で無理矢理文句を言ったのでガラガラになってしまった
「うるせえ!参加者増やしゃ俺の覚えもよくなるかもしれねえだろうが!普段可愛がってやってんだ、協力しろ!」
思い切りベッドを蹴り付けどやしてくるチャックを、頭の中のいつか殺すリストの最上位に書き換えて渋々準備を始める
「トロトロすんじゃねえぞ!サボったらしごきは毎日昨日の倍だぞ!」
「くその下にはくそしか集まらんのかよ…ってそれなら俺もくその仲間入りじゃねえか…くそ…」
夜が明ける前からくそくそ連呼する自分に呆れながら、ドアを開ける
(今日実家へ出す予定だった手紙は明日でいいか…)
机の上を振り返り逡巡したが先延ばしにしようと決め、ごますり魔獣狩りの隊列に加わるために宿舎を出た
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