西の魔女と恐れられる女がいた
名はスガラメルデ
オラン山脈の西の麓を覆うジュオンの森に住むというその魔女は500歳とも1000歳とも噂されており、第一次魔獣災害の折、初代ヒーローズを支えその平定に力を貸したとさえ言われている
従順な執事を1人従えており、彼もまた不死の者と噂されている
「オッド。」
不機嫌そうに自分を呼ぶ声に、執事は臆することなく笑顔を向ける
「どうされましたか?」
「どうされましたか?じゃない。山の獣が最近静かなのはどういうことなの?」
オラン山の獣は数十年前、ある計画のために魔女が創り出した生き物である
神話の獣を復活させようと試みる中で、近隣の村の若者を犠牲にして
オランの山に住む獣は魔獣ではないが、魔獣が本能的に避けるほどの強さを誇っている
生まれて数十年の若い獣がこの山の主となりさえすれば、神話の獣の代用として使うには十分だろう
しかし先日この『マヨヒガ』にも立ち寄った帝国の客人達が獣に傷を負わせてから、獣の活動が少し静かになってしまっているようだった
だが原因はそれだけではないだろう
おそらく、あの黒き魂の娘の存在
ここに来た時は非力で魔力にも目覚めてはいなかったようだが、憎しみの力は限りなく大きい
あの娘がどういう存在なのか、獣は本能で悟ったのだ
帝国に娘が留まっている以上、容易には手に入らない
その事実を伝えれば主人は一層機嫌を悪くするだろう
「計画に必要な獣、娘、そして魔剣はほぼ手中にあると言ってもよろしいかと。そこまでお急ぎになる必要が?」
笑みを絶やさずに、オッドと呼ばれた執事は話題を変える
「獣は代替策だよ。本来神話の獣を蘇らせる必要がある。本当の目的のためにはね。」
やはりか…分かってはいたが、スガラメルデはオッドが話をすり替えようとしていることに気づいている
「あいつが山の主として覚醒してもしなくても、神話の獣の復活の研究は続けないといけないんだよ。」
苛立った様子で髪を掻き上げ、ため息混じりにそう言いながら視線を窓の外に向けてしまった
その視線の先には青い髪の少女が魔法の研鑽を積んでいる
スガラメルデの娘、サークだ
その血が示すように魔法の素質は飛び抜けており、既に並大抵の魔術師を超える魔力量を誇る
性格は陽気で明るく、彼女と話しているとここが深い森の奥であることを忘れてしまうと思えるほどだ
「魔剣は覚醒した。思った以上に早くね。あの王子を勝手に動き回らせるわけにもいかない。帝国の動きも気になる。急ぐ理由はまだまだあるよ」
スガラメルデは顔をオッドに向けることはなかったが、さっきまでの不機嫌な響きは幾分やわらいでいた
「ポリゴネアに向かうよ。獣のついでに王子様の様子も見てこなきゃならない」
冷めた紅茶を置くと、スガラメルデは立ち上がった
「あなたとサークはこの森を出ずに待っていなさい」
そう言うなり、魔女の姿は霧のように消えていった
オッドはいつも通り、彼女のいた場所に向かって恭しく礼をするだけだった
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