突き出された腕は真っ直ぐに向かってくる
このまま振り抜いて胴体に剣を食い込ませても致命傷になるかは難しいところだ
逆に獣の爪は自身の首を掻き切るだろう
差し違える気は毛頭ない。一太刀目でダメージを与えるのを早々に諦め、右に体を逸らした
獣の腕はドラゴマンの居た地面を豪快に抉り、巨体が勢い余って通過していく
二度ほど転がり構え直す頃には獣が第二撃を狙って飛び込んできているところだった
獣とは別の気配を察知し反撃に出ず跳び退ると、エコーの呼んだ獅子が第二撃後の隙だらけの獣に踊りかかる
エコーは獅子をけしかけると、獣の様子を観察していた
対象を手懐けるには心を通わすか屈服させる必要がある
獅子と出会ってからは動物の考えていることが少しだけわかるようになっていたが、この獣からは具体的な感情が読み取れない
人語を解さない動物にも声を届けることができるようになって様々な動物を使役できるようになっていたエコーにも、奴に意思を伝えられる確信は持てないでいた
「エコー!」
ドラゴマンが苛立たしげに呼びかけるが、怒鳴られたところで成功するわけでもない
エコーはその声を無視して精神を集中させた
食らい付いていた腕を薙ぎ払われ、獅子は放り出される
今度はドラゴマンが隙を突こうと連撃を繰り出す
即席の連携であったが、獣に少しずつ攻撃を当てることができていた
しかし浅い
このまま持久戦にもつれ込んだところで勝てる気はあまりしない
エコーのテイムで屈服すればよし、ミントエーテルで人間の魂を呼び起こせれば尚いい
せめてミントエーテルを獣に飲み込ませるチャンスがあれば…
獅子の悲鳴がドラゴマンの意識を戦いに引き戻す
エコーは獅子の悲鳴にも動じないよう集中して戦いを見守っている
手懐ける…もしくは屈服させる…そのためにはどうしたらいいのだろうか…
暴れる獣を見ていて読み取れた感情が1つだけある
怒りだ
怒りに任せて暴れている。あまりの感情の大きさに、攻撃の前後に無駄なモーションが入る
力を測りきれていない内は威嚇や牽制としての効果は大きいが、落ち着いて対応すればそれが隙となっているのがわかった
「わかったところでどうなんだって話なんですがね…」
埒があかないとみてエコーはテイムの効果を発揮する鞭を地面に叩きつけ、能力を解放して獣に呼びかけた
『獣よ!我が声に応えよ!!』
ピクっと耳が反応しているのをエコーは見逃さなかった
「旦那!効果はあるみたいですぜ!」
「そのまま続けてくれ!」
答えるなりまた斬りかかっていくドラゴマンの背中に心の中でため息を吐いてからひとりごちる
「簡単に言ってくれるじゃないっすか…」
ドラゴマンは全身から血を流しながらも獣の攻撃を受け止め、返す剣で斬りつける
獅子との連携のおかげで一進一退に持ち込めてはいるのだが、このままではジリ貧なのは目に見えていた
自棄気味にミントエーテルを口にねじ込んでやろうかとまで考え始めた矢先、エコーの声が獣に届き始めた
『我が声に応えよ!!』
ヴォオアアアアアアアアアアアアアッ!!!
耳に纏わりつく何かを払うように頭を抱えて絶叫する獣
『我が声に応えよ!!』
ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
空に向かって牙を剥き出しにする
ドラゴマンは獣よりも高く跳び上がり、エーテルのガラス瓶を大きく開かれたその口目掛けて投げつけた
遠心力で加速しながら口を目指す瓶
錯乱した獣はドラゴマンにも瓶にも気づかない
そして鋭く硬い牙に激突して、瓶は割れた
中に入っていた液体は多少こぼれたり飛び散ったりしたものの、ほとんどが喉を通って体の中に流れ込んでいった
ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!
断末魔の叫びと共に体から眩い光が溢れ出す
全ての気力を使い果たし片膝をついたままドラゴマンは成り行きを見守っていた
尤も、この光を放った者達はこれまで何度も見て来た。ここまでくれば脅威は去ったと言えるだろう
反対に初めてエーテルの反応を目にしたエコーは固唾を飲んで見守っていた
荒れ狂う相手を味方に引き入れるのにテイム以外の方法を知らないエコーにはこれから何が起こるのか想像がつかない
ドラゴマンも獅子も満身創痍である。何かあれば自分が前衛に立つつもりでいた
そして、光が獣だった者の中に収束していく
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