アムの話はこうだ
毎晩同じ、あの日の悪夢を見ていた
無力な自分を呪い、毎日毎日あの惨劇を最後まで見守ることになる
涙も枯れ果て、村の誰が殺されても何の感情も湧いてこなくなった頃、悪戯に尊大なヒーローを黒い炎が包む姿を想像した…というよりもそうなることを望んだという方が正しいだろう
するとたちまち夢の中でヒーローが漆黒の炎に包まれ苦しみ出した
ヒーローを皆殺しにすることで夢はそこで途切れるようになり、試しに1人でも残してしまうと怒りに狂ったその1人によって同じ結末にたどり着く
不思議な感覚だ…アムは思ったという
そしてある日、ランジュとスミスが訓練で出払っている時にあることを試してみる
夢での感覚と同じように目についた拳ほどの大きさの石に燃えるように念じてみるのだ
憎悪の感情が足りていないせいか夢のように黒い炎が石を焼き尽くすことはなかったが、ボンっと音を立てて一瞬だけ黒い炎が出現した
幼い少女が自分でできる工夫には限度があるためそれ以上の進展はなかったが、それはたしかに魔法の攻撃であるはずだ
本当だったらもう少し見栄えよく発動できるようになってからみんなに話したかったな…と俯くアムを、新顔の2人以外は大喜びで褒めちぎった
「この年齢で爆裂魔法ですか…たしかにドラゴマンの旦那が言うようにとんでもない人たちが集まってるみたいですねぇ…」
「ちっと全然よくわからねえんだが…こいつらが異常なのはなんとなくわかるぜ…」
エコーとアンドレイは小声で驚きを共有しあった
「ランジュの話もよくわかった。ヴィリスにはもう一度訓練の見直しを頼んでみよう。魔獣を超える脅威に立ち向かうのならヒーローを超える戦力が必須だろう」
何とはなしにドラゴマンが言うと、エコーが顔を引き攣らせて聞き返す
「魔獣異常の脅威…って一体何なんですかい…!?」
「今俺が聞かされてるのはそこまでの情報だけだ。ただそう遠くない未来、魔獣災害を超える災厄が起こるってことらしい。よくは知らんが王国は信用ならんってのはヴィリスに同意する。その危機を平定し、次の時代を帝国が担う」
獣の呪い、傍若無人に振る舞う正義の心に目覚めた者たち、黒き獅子、クリスタルに封じられた魔剣と亡国の王子
過去二度の魔獣災害の裏で暗躍していた何者かが仕掛けた事件が、ここ数年で急に明るみに出てきている
何かが起こる前兆なのは間違いなかった
そしてヴィリスはおそらく真実に最も近いはずだ。だからこそ滅亡を目前にした母国を廃し帝国を興した。西側では重要とされてこなかった戦力を増強し始めた
「事が起こるまでに間に合えばいいんだがな…」
ドラゴマンの呟きに、ランジュやアムでさえ固唾を飲みこんだ
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