北へ

乗り捨てても構わないと言ってエコーが用意してくれた馬は疲れるとこを知らないのか、日の出前に出発して今に至るまで走り続けている

太陽は既に高く昇っており、何よりもドラゴマン自身が休息を欲した


北の街では美しい顔をした辻斬りが出ると商人が困り果てていた

湖の近くではドラゴンが出たと大騒ぎらしい

どちらも調べてみる価値はありそうな噂だ

漸く休息をとり、革製の水筒から水分を補給する

「さて…どっちを当たるべきか…」


エコーの馬は落ち着かなそうに足踏みをしている

聞けば獅子と同様召喚で呼び出す精霊馬の一種だという

物質界の餌などは必要としないが使役する者の魔力を少しずつ吸い取るらしい

乗り捨てても精霊界に還るだけだが、帰りは徒歩になるだろう


「帝国の勢力外の街だ。領主が勝手に軍でも動かしたら面倒なことになるな…」

辻斬りについてはそう長く放置されるようには思えない

ドラゴンの方はあくまでも噂だ。信仰の対象になるほど高位の存在であるドラゴンなら、若き龍でも小国くらいなら数日で焼き尽くせるだろう

そこまでの被害が出ていないのであれば眉唾ものだな…近隣の軍が討伐に動くという話も聞かない。もしそういったことがあるならヴィリスの耳にも入っていようが、ネビュロからは特に報せもなかった


北の街へ馬頭を向けて、腹を蹴った



北の街へ向かう街道は規模に見合わず寂れている

昨日立ち寄った小さな町で聞いたところによると、辻斬りのせいで武装商隊以外で街道を通る者はめっきり減ってしまったという

「随分久しぶりの旅人だ。できれば数日かけてゆっくり泊まっていってもらえると助かるんだがね…もちろん金があればだが」

自棄になっているのか宿屋の主人は酒を飲んでガハハと笑っていたのが印象的だった


ある程度の規模の商隊がすれ違えるほど横幅をとって整備された街道に、見渡す限り人の姿はない

小高い丘を登り切ろうとする頃、剣戟の音と怒号が響いてきた


丘の頂上から下を眺めると、中規模の馬車を取り囲んで戦闘が起こっている

一瞬辻斬りかと期待したのだが、どうやら護衛が戦っているのは魔獣の群れのようだ

10体ほどで群を成しているのは小型の鬼だろう。護衛の方は3人が固まって小鬼と対峙しているが、地面には2人倒れているのが見える

おそらくふいをつかれた急襲で戦闘開始時点ですでに退場してしまったのだろう

(恩を売っておくのも悪くないか)

救援のために腹を強めに蹴ってやると、精霊馬は嗎で応えて足を速めてくれた

嗎を小鬼が耳ざとく捉え、2匹がこちらへ向かってくる


降りて対応していては間に合わないので、馬上で剣を抜きすれ違いざまに1匹の頭を跳ね飛ばす

もう1匹も追いかけて戻ってくるだろう

乱戦の場所に着くと精霊馬の尻を何度か叩いて逃してやり、新たに向かってきた1匹を斬り捨てる

小鬼の陣形が崩れた隙を突き、護衛たちが新たに2匹を討ち取っていた

「残り6匹だ!」

ドラゴマンが鼓舞するように声をかけると護衛たちも応じた

そこから瞬く間に4匹を片付け護衛の方を振り返ると、残りの2体を斬り捨てたところだった


「助かったよ…あんた強いな…」

乱れた息を整えながら護衛の1人が声をかけてくる

戦いが終わったのを見計らって商隊の主がいそいそと馬車から顔を出し、あからさまな安堵のため息を漏らした

商人としての感情の吐露はどうかと思うが、それほど生きた心地がしなかったのだろう

「やや!あなたが我が商隊を救ってくださったのですな!おかげで助かりましたわ!」

立派な口髭を綺麗に整えた商人が大袈裟な動きでドラゴマンに謝意を述べ、そして疲れ果てて尻餅をついていた護衛のひとりを蹴り飛ばした

「お前らときたら高い金を払って雇ってやったというのに!役立たずめらが!」

あまりの態度の変化についていけずきょとんとするドラゴマンだったが、護衛のほうは慣れっこのようで口々に適当な謝罪を述べながら処理のために動き出した

「辻斬りのために雇ったんだぞ!魔獣なんぞにやられおって!」

拳を突き上げ散らばった死体などを片付けている護衛達に文句を言い続けている

ふと商人の腕を見ると悪趣味なほどたくさんの宝飾品を身につけているのが目についた

護衛も元々は5人だったということは相当に羽振りがいいらしい


「商人殿」

無限に続くかと思われた文句を打ち切るようにドラゴマンは声をかけた

「これはこれは大変失礼致しました。私はオーバ商会のアウトルと申します。かなりの腕とお見受けしましたが、軍属の方ですかな?」

変わり身の速さには舌を巻くほどだが、警戒はしているようだ。思ったより腕の立つ商人かもしれない

「ヴィランズ帝国軍には所属しているが、正規の兵ではない。そこまで警戒してもらわなくて結構だ」

利用価値があるかもしれない。言いながら手を差し出すと、商人は捕まえるかのように両手でドラゴマンの手を握った

「そうですかそうですか、帝国の…オーバ商会も支店を置かせていただいておりましたなァ〜」

人好きのする笑顔で顔を覗き込んでくるが、顔の角度を変えるたびに視線を様々巡らせているのがわかった


「これからどちらへ?」

街道を征く商人が向かう先は、北の地では限られている。わかりきった質問だなと心の中で自嘲しながらドラゴマンは尋ねる

商人も当然わかっていながら恭しく答える。非正規の軍人という名乗りに対して興味を持っているのだろう

「もしよければ一緒に来て頂けませんかな…護衛も2人死んでしまい、残る3人もあの始末です」

商人が顔を振って護衛達の方を指すと、3人は気まずそうに顔を俯けた

「下位の魔物とは言え10体の群れです。武勲を立てて騎士爵となった者やヒーローでもない限り苦戦して当然の相手ですよ」

商人の機嫌を損なわないように注意を払いながら護衛達の弁護をしてやる。尤も、自分をより強く見せることで利用価値を見出してもらうためでもあったのだが


商人もかなりやり手のようで、こちらの意図はある程度悟られてはいるようだった

隠し通したい秘密があるわけでもないので、言外の意図が伝わるのはむしろ好都合だ

そうこうしている内に戦場の処理を終えて準備が整ったので、北の街へと共に歩き始めた

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