辻斬りだった青年は三日月と名乗った
アウトルの言っていた通り、ポリゴネアの一領地の第一公子であったが広い世界を見たくなり弟に継承権を譲って飛び出した。いわば放蕩公子である
自分でも言っていた通り母は東方の島国ザパンの高貴な出自で、外の世界のことをよく三日月に話し聞かせてくれていたという
「その商人…アウトルだっけ?そいつから旅支度は買い揃えた辺りまではぼんやり覚えてるんだけど…そこからさっき目を覚ますまでの記憶が何だか曖昧で…」
アウトルは奴隷として売り飛ばしたようなことを言っていた。欲望に負け人を陥れたことを後悔していたが、その報いは正しい形で受けたと言えるだろう
強い精神的ショックによって記憶が混濁しているのだろう。本人的には思い出さない方が幸せかもしれない…しかし、犯した罪は認識しておかねばならないと、ドラゴマンは思う
なるべく淡々と無感情に事実を三日月に告げることにした
三日月は記憶が混濁しているとは言え自らが犯した罪を受け止めた
そしてドラゴマンが、帝国が為そうとしていることに協力したいと申し出た
そして現在、もう一つの噂であるドラゴンの目撃情報にあった湖畔に三日月と一緒に来ていた
「こんなところに本当にドラゴンがいるんですか?」
三日月が訝しげに尋ねてくるが、ドラゴマンも確信があるわけではない
しかし、胸元の石は微かな反応を示している
「ドラゴンが本当にいるのかは知らん。だが石が反応を示している。俺としてはそっちの方が重要だよ」
三日月には石や帝国のことも話してあるが、一番驚いていたのはいつのまにか自分が中央から西側へ渡ってきていたという点だった
もし噂に聞くドラゴンが邪竜の類なのであればヴィリスの計画の邪魔になる
エコーがここにいないのは惜しいが、ジェネライトが覚醒したとはいえ魔獣や獣のテイマーであるエコーが幻獣や神獣と呼ばれるドラゴンまで服従させられるかどうかはわからない
戦力に取り込むことができないのであれば討伐するしかないだろう
その場合は一度帝国へ戻り頭数を揃える必要があるのだが
「湖といえば水竜か」
龍を祀る龍族信仰という土着の宗教がある
アムの村がそうだったが、ここ西側でもところどころで見られる
むしろ中央ほどポリゴネア宗教が普及していないためか、薄く伝わったポリゴネア教と土着の宗教が自然と習合していき、どちらもゆるく取り入れられているような形が多い
本来の龍族信仰は龍族を年齢別に古代竜(エンシェント)・老竜(エルダー)・それ未満のざっくり3段階に分け、さらに邪竜や水竜、火竜など属性によっても分類している
その中でも水竜は水を守護するものとして川やこういった湖で祀られていることが多い
実際に野生のドラゴンを見たという者はこの数百年でもかなり少ない。幻獣と呼ばれている所以だ
人里も近いこの長閑な湖畔にドラゴンが棲みつくとは考えにくかった
湖の主として信仰の対象になっているだけなのであれば、たった数ヶ月でにわかに目撃談が増えたことの説明として不十分だ
竜眠期から覚めたから、という理由も考えられるが、断定できる要素が少な過ぎる
穏やかに揺れる水面を眺めながら考え込んでいると、突然湖の中央あたりに巨大な水飛沫が立ち昇った
悲鳴にも似た咆哮を上げ、ドラゴンが姿を現す
「本当に出やがった…」
この状況で呑気に苦笑気味に呟く三日月に無言で答え、ドラゴマンは胸元の石にそっと触れた
ドラゴンの出現により石が反応を示し始めたのだ
「間違いない…ジェネライトが暴走しているな、あのドラゴン」
人間にのみ作用するものだとばかり思っていたが、先日の三日月の刀の例もある
そしてあのリリアの姿をした化け物。やつにも石は反応を示していた
湖水から全身を出したそのドラゴンは、身をくねらせ湖水の上を飛び回っている
「しかしドラゴンというか…あれじゃまるで巨大な蛇だ…」
ドラゴマンがその姿を見て感想を漏らす
「ありゃドラゴンというより東方に伝わる龍神だな…」
横に並ぶ三日月が呟く
龍神と呼ばれたドラゴンは、頭部から背面にかけて生えた体毛や角、背鰭がなければ遠目にはただの巨大な蛇のようだ
大陸に伝わるドラゴンの姿とは似ても似つかない
「来るぞ」
先ほどまでとは打って変わって鋭い語気でドラゴマンに注意を促す三日月
見やると龍神は悶え飛びながら徐々にこちらへ近づいてきていた
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