あのドラゴンがジェネライトを暴走させ石が反応しているのは間違いない
心なしか雷鳴のような咆哮はどこか苦痛に喘いでいるように聞こえた
「さて…そのエーテルってのをどうやって龍神に飲ませるのがいいのかね…薬だぞって渡してお礼を言われるようには見えないぞ」
三日月のいつもの軽口も緊張感を孕んでいる
それはそうだろう
知っているドラゴンの姿とは違っていても、それが放つ畏怖は正しく神獣のそれである
三日月がこぼした疑問に、ドラゴマンは答えられないでいた
激痛に我を忘れた龍神は、怒りと苦しみに耐えかねていた
この苦痛の原因を取り除く方法は知らない
発作的にジェネライトが暴れるまま空を駆け、叫び続ける
(ユマ…ユマ…)
手に伝わる石の反応が強くなる
(時間がないか…)
このままここを去ればその内あの龍神は自滅するだろう。近隣の国家がドラゴン討伐として軍を送り込めば待たずして滅することも可能かもしれない
しかしドラゴマンは妙に龍神のことが気にかかった
なぜあそこまで苦しんでいるのだろうか?そこまでジェネライトが暴走した理由は何か?
その答えはやはりエーテルを龍神に与えることでしか得られないだろう
「奴を地上に下ろす。近づけさえすれば瓶ごとでも口に投げ込むことはできるだろう」
ドラゴマンの提案は予想の範囲内ではあったが、無謀と思えた
「じゃあ帝国に戻って軍隊を引っ張ってこようぜ」
口の端を引き攣らせ三日月が懇願するように言う。が、ドラゴマンは剣を抜いてその言葉を否定した
「俺たちだけで戦うってーの…」
恐る恐る確認をするが、ドラゴマンは答えない
剣に魔力を込め始めたことがその返答のつもりのようだ
大袈裟にため息をついてドラゴマンに倣う
空に浮かぶ巨大な龍神を地上に引き摺り下ろすには、魔力の斬撃をいくつ撃ち込めばいいのだろう
これから消費する魔力量を想像して軽い目眩を覚える三日月
「いくぞ。出し惜しみは無しだ」
ドラゴマンが静かに告げる
三日月が頷き返す間もなく、第一撃は放たれていた
急ぎ後に続こうと刀を引き抜こうとした時、ドラゴマンの驚く声で動きを止めた
ドラゴマンの放った斬撃は間違いなく龍神の頭を捉えたかのように見えたが、質量を伴ったその剣閃は龍神の頭部を素通りしていった
「どういうことだ…あの龍神には実体がない…?」
ドラゴマンも混乱している
三日月は狙いを胴に変え、すぐさま斬撃を放つ
その剣閃は銅をもすり抜け空中で霧散していった
一方自らに向けられた攻撃に気づいた龍神は、怒りの矛先を2人へと向ける
身が竦むほどの咆哮を天に響かせながら顎のすぐ下を大きく膨らませた
「ブレス!?」
ドラゴマンは反射的に身を屈め、龍神のブレスに構えた
苦しみに悶えながら放たれた火球は方向が安定しておらず、2人に届くことはなく、爆風だけが三日月の後れ髪を激しく揺らすに止まる
爆風が舞い上げた煙が晴れると照準を合わせ三日月が第二撃を放った
ドラゴマンも連撃で後を追う
全身をすり抜けるかと思われた斬撃の内、1発が龍神に当たり爆炎をあげた
「あそこだ!」
三日月が思わず叫び、ドラゴマンが渾身の1撃をそこに向けて放つ
三日月が斬撃の行方を見守ると、それは龍神の実体に吸い込まれるように命中した
痛みに喘ぐように掠れた声で叫び、ついに龍神は地に墜ちる
攻撃をすり抜けていた部位は明滅し向こう側が透けて見えていた
「こいつは…」
地に堕ちてきたのは巨大な龍神ではなく1人の人間だった
よく見ると年は若く幼いと言っていいだろう
近づくと荒い呼吸をして身を捩っている
石の反応は消えていない
「こいつが龍神の正体なのか?」
三日月が驚きの声をあげるがドラゴマンにもわけがわからなかった
少年の両腕は爬虫類のそれのように鱗に覆われている
(ランジュと同じなのか…?)
帝国に置いてきた幼い少女のことを思い出しながらエーテルを取り出す
三日月は急な反撃に備えて刀を少年に向けている
そしてドラゴマンの予想通り、少年の体は眩い光に呑まれていった
0コメント