ヒーローが拠点としているという村は思いのほか寂れていた
魔獣の影に怯えることなく生活を営んでいるという割に村人の顔には生気がなく、店舗が軒を連ねる通りからは活気が感じられない
王国が出版したドラゴン討伐の物語のモデルとなった場所のすぐ近くであった
たしかその影響もあり観光地として人気が高まっていると聞いたことがある
しかし今目にしている光景は話に聞いていた同じ場所とは思えない
不思議に思ったがしばらく留まるための宿は必要だ
宿屋の扉に手をかけ引いてみたものの、鍵がかかっているようだった
観光客や自分のようなヒーローへの弟子入り希望者は見当たらず、むしろ余所者へと向けられる視線が冷たく感じる
「一体どういうことなんだ…」
エクシドは思わず疑問をこぼすが、それに答える者は誰1人いなかった
しばらく村を回ってみたものの、開いている店や宿屋は1軒もなかった
村人に事情を聞こうとしてみたが、エクシドが話しかけると顔を背け無視されてしまうのだった
見知らぬ場所で孤独を感じたエクシドは両手首につけた腕輪を撫でた
妹が旅立ちの前に贈ってくれたものだ
こうしていても埒が明かないと、ヒーローが滞在しているという家に行ってみることにしたのだが、自らの目を疑うこととなる
そこは村の外れの見窄らしい古ぼけた小屋で、少なくとも災害から世界を救った栄光あるヒーローを迎える場所ではないように思える
先ほどからの態度といい、ヒーローへの扱いといい、村人の態度に憤りを覚えながらも小屋の戸を叩くと、中から妙に甲高く空気を混ぜたような不思議な発音で返事が聞こえた
「失礼します!僕をあなたたちの弟子にしてください!」
エクシドは小屋の扉を開けざまに弟子入りを申し込んだが、中で待っていたのはヒーローとは思えぬほどボロボロになった鎧に身を包んだ4人の男たちだった
「元気だけはいいな小僧」
シューシューと空気の漏れるような不快な声だ。失礼のないようにと表情を固くして作り笑顔を保つが、小屋の中を漂う野生的な匂いで今にも吐きそうだった
「お前は魔法使いか?」
別の男が舐めるような視線をこちらへ向ける
薄汚れた格好で尊大に椅子にふんぞり返りこちらを見下すようなその姿は、話に聞くヒーローのイメージとは大きくかけ離れていた
予想外の光景に呆気に取られていると、ヒーローの1人が声を荒げた
「質問に答えろよ!」
目の前の丸い樽を蹴飛ばし、上に載っていたジョッキや皿が落ちて割れる
「魔力は大したことないな。お前まさか近接タイプか?その貧弱な体で?」
頭髪を剃り上げた男がヒッヒと卑屈に笑う
騎士に憧れ魔法使いという選択肢を考えたことのなかったエクシドは、魔力を溜め込む訓練はしてこなかった
それを見透かされ、馬鹿にされたように感じて顔を赤くした
自分のこの貧弱な体のことは自分が一番知っているにも関わらず、憧れだけで剣と槍に全てを捧げたのだ
もしかすると魔法の訓練をしていればヒーローになれたのかもしれない。しかしそれでは意味がないとも思っていた
「僕は…その…剣と槍で…ヒーローになりたい…です…」
予想外の状況にしどろもどろで答える
本当に彼らはヒーローなのだろうか。そんな疑問が浮かんでくるのを必死にかき消そうとしていると、また別の男が口を開いた
「まあジェネライトはご立派なもんだ。気持ちだけは一人前なんだな」
赤い鎧の男が笑いながらいうと、どっとその場の全員が笑い声を上げる
彼らからかけられる言葉に居た堪れず、エクシドはここへ来たことを後悔し始めていた
「獲物を抜け」
一頻り笑った後、先ほどの赤い鎧のヒーローが巨大な鉈のような刃物を引きずりながら立ち上がった
「え…」
突然の展開に頭がついていかない
「俺様がお前の希望通り稽古をつけてやるって言ってんだよ。暇つぶしにもならなそうだがな」
「木剣などではなく、これで…ですか?」
左の腰に挿した古びた剣の柄に触れる
魔獣災害で殉職した父の形見の剣だ
「つべこべ言ってねえで抜けよ。死ぬぞ」
ほとんど予備動作なく振り下ろされる大鉈を転がって躱す
(本気で斬りにきた…)
剣を抜く前に斬りかかられたことに動揺して尻餅をついてしまった
「やるのか?やらねえのか?」
床に刺さった大鉈を引き抜きながら赤い鎧は尚も続ける
このままだと本当に殺されてしまうかもしれない
そしてエクシドは腰の剣を引き抜いた
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