アムが目覚めるとそこは見慣れない天井だった
燃え落ちた我が家のものでも、身の丈に合わない宮殿のものでもない
身を起こそうと試みるが自由が利かない。手足に違和感はないため魔法の類だろう
まだ幼いアムだったが、故郷を失い、異能の仲間達と出会い、宮殿で日々を過ごす内に精神は大人びてきている
村の友達であれば不安に泣き喚き、ランジュであれば総毛立たせてこの魔法すら引きちぎってしまうかもしれない
ドラゴマンならどうするだろう…
アムは冷静だった
「目を覚ましたのかい?それにしても落ち着いてるね。つまらない娘だ」
一瞬にして全身に緊張が走る。その声には聞き覚えがあった
長い髪を揺らし、こちらへ近づいてくる
「魔女…」
魔法は声までは封じていなかったようだった
「魔女なんてそこら中にたくさんいるわ。貴方もそうなんでしょう?」
ふっと声を漏らしながら魔女は言う。部屋にはアムと魔女以外の気配はない。貴方というのはどうやら自分のことらしいとわかったが、そう、とはアムも魔女だと言いたいのだろうか
「おや、自分の魔力に気づいていないのかい?訓練もせずにここまでの魔力を秘めるなんて末恐ろしいこと」
演技がかった口調で魔女は続けるが、アムには魔女の言わんとすることがわからなかった
やがて自分の寝かされている寝台にかつて母がしてくれたように腰掛ける魔女
アムの顔を覗き込み、優しげに微笑んだ
「私はスガラメルデ。不自由でしょうが貴方にはここにいて欲しいの」
スガラメルデは笑顔を貼り付けたまま立ち上がる
「私には貴方が必要なの。お友達から引き離したことは悪いと思ってるけど、許してちょうだいね」
顔だけをこちらに向け、スガラメルデは部屋から出ていってしまった
(私が必要…?)
スガラメルデが言い残した言葉を頭の中で繰り返し意味を考えてみたが、納得のできる答えは導き出すことができなかった
「ドラゴマン殿!無礼ですぞ!」
臣下の焦った声の後、ドラゴマンが門兵を押し退け玉座の間へ入ってきた
「帰ったか。しかし行儀が悪いぞ。あまり自由にしすぎても困るんだが」
ヴィリスはいつもの姿勢を崩すことなく微笑みかけてくる
「他の臣下に示しがつきませぬ故、今少しだけ自重願えますかな」
ネビュロもパタパタと羽音を立てながら同調する
「アムが消えた。どこにもいないそうだ。どうなってる」
「報告は聞いた。宮内の兵にも手伝わせているだろう。しかし数日探しても見つからないということは既にここにはいないものと思うが?」
ヴィリスの尤もな返答に一瞬言葉を失う
「幼いアムがここの警備をすり抜けて出ていくことなどできないだろう。魔力の痕跡も見当たらない」
エコーの使い魔は魔力の痕跡を追うことができるらしかったが、調べた結果は芳しくはなかった
「それよりも見ない顔を引き連れているようだが。報告がまだだな」
ヴィリスが話題を変える。ドラゴマンは帝国へ帰還してすぐランジュからアムが姿を消したことを聞き、目を覚さないままの青年を預け三日月を伴って玉座の間へ向かったのだ
ドラゴマンは気を取り直し三日月と青年のことをかいつまんで説明した
あまり細かすぎる報告をヴィリスは好まない。そういった仔細は書記官へ伝え書類にまとめておくのが通例だった
「ふむ…まあいい。もう1人が目を覚ましたらネビュロに伝えろ。アムの件は引き続き兵たちに捜索に協力するよう伝えてある。貴様は貴様の仕事に専念しろ」
ヴィリスの命を最後に、ドラゴマンは追い立てられるように玉座の間を後にした
ヴィリスとの謁見中、得意の軽口も叩かずに跪いていた三日月がやっと口を開く
「新興の帝国っていうからどんなもんかと思ってたが…ものすごい迫力だな…臆せず話せるお前もすごいよ」
「俺は扱いが特殊だからな。それよりスミスたちに紹介しておこう。ついてこい」
青年はまだ目を覚ましておらず運び込んだまま寝台に寝かされていた
三日月はドラゴマンの仲間たちとすぐに打ち解けると思っていたが、アムを心配するランジュを筆頭に軽い態度を敬遠されているようだった
それもそう心配することではないだろう。アムが帰ってきさえすれば問題はなくなる
ドラゴマンが仲間達から視線を窓へ移そうとしたその時
身長ほどもある大きな鎌を持った人間が窓から飛び込んできたのだ
気配を察知できなかったドラゴマン達は侵入者への対応が一歩遅れ、一番窓に近かったスミスが辛うじて鎌による斬撃を受けたようだった
ドラゴマンが状況を把握する前に反射的に飛びかかったランジュが鎌の柄で叩き落とされる
「ギギギギ…」
金属音のような音はどうやら侵入者の口から発せられているようだが、仮面によってくぐもっている
エコーが鳥の使い魔を召喚し侵入者の背後へ回した。三日月は居合の構えに入っている
前衛であるスミスとランジュが負傷しているためドラゴマンは剣を抜き、侵入者へと斬りかかった
侵入者は背丈ほどもある大鎌を器用に取り回してドラゴマンの攻撃を受け止めると、背後の鳥たちを薙ぎ払って窓から出ていってしまった
一瞬遅れて三日月の斬撃が追うが、奴を捉えることはできなかったようだ
騒ぎを聞きつけて衛兵を伴ったネビュロが部屋へ飛び込んできた
「一体何の騒ぎなのですか!」
部屋に待機していた女中の証言もあって侵入者の報告はつつがなく完了し、ネビュロは宮殿周辺の警備を増強すると約束してくれた
「一般兵程度じゃ無駄に犠牲を増やすだけだと思うがな」
ドラゴマンの忠告に対し、何もしないよりはましでしょうと言い残してネビュロはヴィリスへの報告のために部屋から出て行った
「しかし…一体なんだってんだ…」
騒然とした空気が和らぎ、三日月がため息混じりに呟いた
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