決断王国の軍は進軍の速度を緩めることなく帝国へまっすぐ向かってきている帝国へ併合されていない西側の諸国はヒーローズが編成されていることで積極的には抵抗をしていない友好国とは事前に侵略行為に対して以外は様子を見るよう取り決めてあった王国軍は帝国の領土ギリギリまで迫ると即席の陣を張った。本格的な戦争に備えているようには見えないそもそも王国が誇る全戦力を考えれば今回の進攻の戦力はかなり控えめである「何を企んでるんですかね〜」偵察から戻った鳥の使い魔から受け取った情報をエコーが皆に伝えるヴィリスの睨みが効いているとは言え、やはりこちらへもたらされる情報は少ないか遅いかである。エコーの使い魔のおかげで帝国正規軍と遜色ない情報が得られるのは助かって...2022.07.19 13:41
侵攻(サーク…)スガラメルデは目の前の寝台に横たわった少女の手を握って縋るようにその名前を呼ぶ淡い水色の髪は汗によって濡れている。苦しそうに呼吸をするその少女は、スガラメルデの一人娘、サークそっと手を胸に当てると、ぽっかりと穴が空いているのがわかる本来心臓があるべきその場所を、スガラメルデは何度も摩って魔力を込めた(もう時間がない)母の顔から魔女の貌へと変わっていくその目には、強い決意の色が滲んでいた「ここは…」侵入者の襲撃により厳戒態勢を敷いていた宮殿では、龍神だった青年が目を覚ましていた龍神だった時に体を悶えさせていた激痛は今も続いているようで、事情を話している間も時折苦悶の表情を浮かべる「ヒーローの姿をした魔獣か…」青年はエクシド...2022.07.18 07:23
魔女と侵入者アムが目覚めるとそこは見慣れない天井だった燃え落ちた我が家のものでも、身の丈に合わない宮殿のものでもない身を起こそうと試みるが自由が利かない。手足に違和感はないため魔法の類だろうまだ幼いアムだったが、故郷を失い、異能の仲間達と出会い、宮殿で日々を過ごす内に精神は大人びてきている村の友達であれば不安に泣き喚き、ランジュであれば総毛立たせてこの魔法すら引きちぎってしまうかもしれないドラゴマンならどうするだろう…アムは冷静だった「目を覚ましたのかい?それにしても落ち着いてるね。つまらない娘だ」一瞬にして全身に緊張が走る。その声には聞き覚えがあった長い髪を揺らし、こちらへ近づいてくる「魔女…」魔法は声までは封じていなかったようだった「魔女な...2022.07.18 06:02
か細い少年光が収束し姿を現したのはか細い少年だった「こんな弱っちそうな奴があの龍神の正体だってのか…」三日月が放心気味に呟くが、ドラゴマンも答えに窮している魔力も弱々しく、三日月の言うように兵士や騎士の体躯ではないおそらくジェネライトが何らかの働きをした結果なのだろう「なあ、ジェネライトって一体何なんだ…」三日月の疑問は尤もだった王国神殿の説明によれば選ばれし魂に大天使ミントが分け与える特別な因子であり、大神樹ミントの葉に反応して正義の力を呼び起こすものだというしかしドラゴマンが見てきた事象はそれでは説明がつかない獣の呪いに苦しむランジュや我を失ったスミスだけではない。三日月の刀や実体の無い龍神にまで効果を現しているドラゴマン自身も暴走したジ...2022.07.16 14:31
本物と偽物②人間の子供と赤い鎧の仲間のやりとりは続いていたが、他の男達はすでに興味を失っていた今まで訪ねてきた人間達は、自分たちがヒーローでないことがわかると勇敢にも立ち向かってきた中にはそれなりに腕の立つ人間も混じっており、ただ人間を食らいジェネライトを取り込む退屈さをいくらか紛らしてくれていたが、拠点を移す前の最後の獲物は力も弱く魔力もない。目的であるジェネライトは多少強くはあったが、権利を争うほどではない最初に立ち上がった赤い鎧がやると言うのなら任せておけばよい。それが他の全員の共通認識だった人間の子供は既に戦意を喪失しているもはや眺めていても時間の無駄だ。次に起こすべき行動を検討するのに、彼らは思考を切り替えた「…ほう」感心したような声...2022.07.16 08:29
本物と偽物赤い鎧のヒーローは表情を変えることなく鉈を振るってくる他のヒーロー達はその様子をつまらなそうに眺めているエクシドは父の形見の剣で何度か受けるが、筋力に見合わない片手半のバスタードソードは持ち上げるだけでも疲労を蓄積する背伸びをして片手剣ではなくこちらを持ち出したことを後悔していたが、今更遅い「お前みたいにジェネライトだけ強い雑魚が来てくれてたらもっと楽だったんだがな」相変わらずシューシューと不快な音が混じる言葉の意味は汲み取れなかった「最後に教えてやるよ。そこを見てみろ」身長ほどもある大鉈を肩に担ぎ、顎でエクシドの背後を示す指示の通りに背後を振り返ったエクシドは、息を飲んだ薄暗くて気づかなかったが、そこには人間のものと思しき体の部位...2022.07.16 07:20
栄光の村ヒーローが拠点としているという村は思いのほか寂れていた魔獣の影に怯えることなく生活を営んでいるという割に村人の顔には生気がなく、店舗が軒を連ねる通りからは活気が感じられない王国が出版したドラゴン討伐の物語のモデルとなった場所のすぐ近くであったたしかその影響もあり観光地として人気が高まっていると聞いたことがあるしかし今目にしている光景は話に聞いていた同じ場所とは思えない不思議に思ったがしばらく留まるための宿は必要だ宿屋の扉に手をかけ引いてみたものの、鍵がかかっているようだった観光客や自分のようなヒーローへの弟子入り希望者は見当たらず、むしろ余所者へと向けられる視線が冷たく感じる「一体どういうことなんだ…」エクシドは思わず疑問をこぼすが...2022.07.16 06:40
龍神の正体あのドラゴンがジェネライトを暴走させ石が反応しているのは間違いない心なしか雷鳴のような咆哮はどこか苦痛に喘いでいるように聞こえた「さて…そのエーテルってのをどうやって龍神に飲ませるのがいいのかね…薬だぞって渡してお礼を言われるようには見えないぞ」三日月のいつもの軽口も緊張感を孕んでいるそれはそうだろう知っているドラゴンの姿とは違っていても、それが放つ畏怖は正しく神獣のそれである三日月がこぼした疑問に、ドラゴマンは答えられないでいた激痛に我を忘れた龍神は、怒りと苦しみに耐えかねていたこの苦痛の原因を取り除く方法は知らない発作的にジェネライトが暴れるまま空を駆け、叫び続ける(ユマ…ユマ…)手に伝わる石の反応が強くなる(時間がないか…)こ...2022.07.16 03:40
湖畔のドラゴン辻斬りだった青年は三日月と名乗ったアウトルの言っていた通り、ポリゴネアの一領地の第一公子であったが広い世界を見たくなり弟に継承権を譲って飛び出した。いわば放蕩公子である自分でも言っていた通り母は東方の島国ザパンの高貴な出自で、外の世界のことをよく三日月に話し聞かせてくれていたという「その商人…アウトルだっけ?そいつから旅支度は買い揃えた辺りまではぼんやり覚えてるんだけど…そこからさっき目を覚ますまでの記憶が何だか曖昧で…」アウトルは奴隷として売り飛ばしたようなことを言っていた。欲望に負け人を陥れたことを後悔していたが、その報いは正しい形で受けたと言えるだろう強い精神的ショックによって記憶が混濁しているのだろう。本人的には思い出さない...2022.07.10 15:07
目覚め同時に放たれた剣閃は過たずぶつかり合い、轟音と共に掻き消える間合いから同様の技を放つと読んでいた辻斬りは、霧散した斬撃の粒子の中を駆け抜けた居合は極限まで集中し、風よりも疾く斬撃を放つ技である。村正の溢れ出る妖力が空気を伝って離れた相手の身を切り裂くのだ。よって連発はできない相手の負傷の状態を考えるに、第二撃を躱すのは不可能だろう黒い騎士が立っていたはずの場所に下段から斬り上げたが、手応えはない斬撃から一瞬遅れて飛び散った粒子の靄と衝撃による土煙が晴れるほんの一歩だけ後ろに退がり刀身に気を込める騎士の姿を認めた瞬間、辻斬りは敗北と死を悟った「諦めたな」小さな声だったドラゴマンは一撃目と同じく魔力を込めた斬撃を辻斬りに叩き込んだあと一...2022.07.10 14:21
鬼退治悲鳴はすぐに止んだドラゴマンはアウトルが反応するより早く駆け出しす。街はもう目と鼻の先であり、噂の辻斬りに違いなかった既に血溜まりができ、1人が横たわっている。あれではもう助からないだろう長く艶のある黒髪を後ろに束ねた男が血溜まりの先に立っている視線を顔に向けると、自ら斬り捨てた死者に黙祷でも捧げているかのように目を瞑っていた直刀と曲刀の中間ほどの控えめな反りは、なるほど斬ることに特化しているのだろう。陽光が反射して鈍く輝く刀身。紫色の瘴気を纏っているかのような威圧感が、アウトルの見立てと違い妖しげな魅力を放っている胸元に違和感。石が反応しているのがわかる。ジェネライトが暴走しているということだ「当たりだな」ドラゴマンが小さく呟くと...2022.07.10 10:11
アウトルの懺悔商隊とともに北の街を目指すアウトルの話では、辻斬りの出没地点は徐々に街に近づいていっているらしい「その辻斬りを見たことは?」「ありませんなあ…もし会っていれば私はここにはいないでしょう」苦笑しながら彼が話し出したのは、一つの噂だったコントラクト王国の辺境の領地、アポネアポネ辺境伯の第一公子は妾の子で、第二公子である正妻の子を後継にという声が多数派だった剣の才に恵まれた第一公子は腹違いの弟に爵位継承を譲るため旅に出たというその後彼の噂はぱったりと途絶えてしまったオランの山に挑み獣に喰われたという者もいれば、商人に騙され余所に売り飛ばされたのだ、などと言う者もいたが実際のところは誰にもわからない「アポネの妾妃は東方から嫁いできたらしく、...2022.07.10 02:28